<序論>
知的障害の原因は、遺伝子の異常や中毒、感染、外傷などがあるが、4分の3が現代医学では特定できないと言われている。また教育的・文化的環境に恵まれない場合にも、精神発達は遅滞するといわれている。アメリカ精神遅滞学会によると、知的障害とは脳の器質的障害にかかわらず、18歳までに以下の3つの領域のうちの2つ以上が制約を受ける機能障害であるとしている。1つは、言語、読み書き、金銭の概念、自己管理といった概念スキル、2つ目は対人関係、責任、自尊心、規律を守ると言った社会的スキル、3つ目は、日常生活活動、職業スキル、安全な環境の維持と言った実用スキルである。
インクルージョンの理念より、世界は今、全ての子供がありとあらゆる分野でチャンスや結果が平等に訪れる、人権に裏打ちされた「社会的公平さ」が求められている。
これまでは親や施設に保護されてきた知的障害者も、管理されるのではなく、地域社会で自立する動きもある。一般企業や職人を目指す子どももいる。学校教育も、「本人」「保護者」「医師」「教師」などが一堂に会し、良く話し合って指導法を考えていくことが望まれる。
<就労形態の今昔>
歴史を遡ってみると、西洋の施設はキリスト教の慈善活動を出発点とするように、社会の「脱落者」の救済として、病人や障害者は、犯罪者の更生と同様、健全な社会人に近づくように指導・援助されてきている。ともすれば、病気や疾患のためにできないことは、我が儘であり、根性がないかのようにとらえ、従順な作業態度、速くて正確な作業能率を重視しがちであった。
現在では、更生施設、授産所などが障害者の自立支援を行っている。しかし、現実は自立とは程遠く、大阪府内の障害者施設の工賃は、月額が平均で八千円しかなく、全国で最低レベルであるという(2009年5月2日付朝日)。行政は所得を倍増すべく、支援法を制定した。
現場はどうか。実際にお会いした創立93年の桃花塾通所部の方によると、利用者は18歳から77歳までおり、その一人一人の何らかの適性を見つけることが職員の主な役目である。菓子の加工では一人一人が何か参加できるように、工程を工夫して製品を作る。職員の給与は低く非正規雇用も多く、利用者はトイレの介助から手がかかり、職員はかなり忙しい。(生活の自立も難しい)利用者が(経済的に)自立し、まして企業に勤めたり、(製菓の)経営にかかわることは難しいという。
そもそもNPO法人TOGETHERの上月氏によると、大阪には小規模の作業所が多く、企業就労経験や製菓製造経験のない方が製菓の加工販売をしているために、できた菓子の売り先に苦労しているという。工賃が少ないのは、もともと利益を出す体制ではないためである。多くの作業所に得意・不得意分野があり、小規模のため企業から定期的に大きな仕事を請けられない。作業所のあるべき姿も人によって違う。支援学校の教員が理想とする作業所というのは、利用者が生きがいを持つ所であったり、親が求める作業所職員は、叱らない優しい人であるなど、それぞれの思惑がかみ合わないことが多い。これらの人々の調整役として、これからはコーディネーターが必要である。例えば、多くの作業所が協力して分業して一つの仕事を企業から大量受注したり、あるいは企業の出資で製菓のプロを作業所に派遣して、専門性を高めるなど、調整を行っていく必要があるという。
さらに上月氏によると、知的障害児の自立を阻む要因は、障害児自身の日常生活の自立度の低さ(重度化と親の甘やかし、学校での軽度の子どもの放任)、そして支援法の制定によるという。結局、制定のしわ寄せは現場の職員にむかった。前述の桃花塾のような状態で、作業が効率化して儲けが増えたとすれば、それは職員の涙ぐましい努力のお陰であろう、というわけだ。行政、学校、保護者は皆、本人の利益となるように検討すべきである。
<知的障害児のカリキュラム>
知的障害児には、軽度の子どもから、中程度、肢体不自由との重複障害を持つ子どもまでいて、教育ニーズは一律ではなく、カリキュラムも一人一人異なる。地域生活を意識し、「生きる力の基礎」から「働く力」まで、生活に密着した、実践的なカリキュラムが望まれる。例えば、小学校の生活科では①食事・排泄・清潔・着替えなどの基本的生活習慣、②健康・安全、③遊び、④交際、⑤役割、⑥手伝い・仕事、⑦きまり、⑧金銭、⑨自然、⑩社会の仕組み、⑪公共施設といった11項目の指導が行われている。
知的障害児の教育課程は、軽度では自立活動が省略されることもある。一方の中・重度では、各教科や道徳に分けず、多くは合科・統合の形で指導され、「遊びの指導」「自立活動」の比重が増す。これらは「特定の生活集団に自分が所属している」という意識を持たせる役割がある。そして日本社会で一市民として自立していくのに必要な、日常生活に必要な数々の技能、集団生活や地域生活を営む上で必要なルールやマナー、コミュニケーション方法や電話対応の仕方といった、就労に向けた指導を行っている。
<学校教育で可能な支援方法>
「生きる力」、実際に就労したときに必要な知識、技能、態度、マナー(習慣)を身につけるため、各教科、道徳、特別活動、自立活動で行われている具体例を挙げる。地域のグループホームでの生活を見据えて、朝の会で生活上の課題を話し合いで解決する、給食の時間に、社会人としてのマナーや栄養管理を学ぶ。清掃活動では、課題意識や目的意識を持ち、根気よく役割を果たす。こうして、集団生活を営む上での協調性、働く喜びを培っている。地場産業を活かした作業学習では、農村地帯であれば収穫から加工、販売まで一連の流れを体験させる。地域や専門家の協力を得て、レベルの高いものを目指し、地域社会との信頼関係を深めていく。こうして経験を積んで自分の進路を自分で選択できるし、地元企業も安心して雇うことが可能となる。
<まとめ>
学校とは本来、集団行動で社会性を養い、卒業後の就労に向けて基本的なマナーや知識を得るところである。知的障害児の場合は、教科の学習を応用して得るのは困難であるが、具体的な作業を通じてなら、学習可能である。学校は広く速く要領よく覚える、公務員に向く生徒のためばかりにあるのではない。規則正しい生活習慣と、読み書き計算の基本を身につけ、誠実な自立した社会人を目指すことは、一般の生徒にも当てはまることであろう。自立の第一歩は自分のことは自分で考え決めることであると私は考えている。自立には自己決定を行えるだけの経験と給与の保障が必要である。それには、知的障害者も、できるだけ安定した正社員の仕事に就けることが望ましい。学校の作業学習を通じて、地域社会と密着し、生徒の能力が企業に正しく評価されることが、受け入れの一番の近道であると思う。これからの特別支援学校は、「生きる力」のアップと地域への貢献が望まれている。
大阪南港の2009食の博覧会では、おいしいスイーツを試食してみたら、たまたまつくったのが障害者であった!という風景が時折みられた。障害者の○○さんではなく、一人の個人として普通の風景になるような、適切な支援が進むことを切に願っている。
(2009年仏教大学教育学部講義レポートより転載)
(2009年仏教大学教育学部講義レポートより転載)
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